なれの果て

 初めて台本というものを手にしてから40年の月日が流れました。私は何になれたのでしょう。ずっと俳優になりたくて、そのためだけに仕事をし、経験を重ね、ここに至ったのですが、果たして私は俳優たり得たのかしら。あまりに未熟であまりにいい加減な私が、俳優たり得るのかと思ってしまうのです。

 しかし、答えは既に私の中にあります。ピンキリですが、私は俳優です。敢えてここでは「役者」とは言いません。人は鼻で笑うかも知れませんが、少なくとも人生の大半を費やした演劇にそっぽを向かれるほどひどい輩だとは思いたくありません。もう少し誠意は必要かも知れませんが、芝居に対して真摯に向き合ってきたつもりです。

 そんな私にもそのうち限界が訪れるのでしょう。お客様の鑑賞に堪えられない演者であるならば板から降りねばならない。私も反面教師はいろいろ見てきました。最もショックだったのは大ホールで最後に観た杉村春子先生のお姿でした。老いてなお凛としておいででしたが、大ホールではその芝居が客席まで届かない。私の胸元まで届かなかった。小劇場ならば十分だったかもしれませんが、大劇場では今ひとつ届かなかった。トキの拳が自らに致命傷を与えられないのを知って涙するラオウの心境でした(マニアックですみません)。元々、小劇場の俳優ですが、私自身、自分の芝居がお客様の胸元まで届いているのかどうかということを考えなければいけない歳になってきているのです。

 肉体は衰えます。先頃、声嗄れを耳鼻咽喉科で診てもらったとき、声帯が老化していると言われました。ショックでした。当たり前なのですが身体が衰え始めているのです。そんなことは10年前からわかっていましたが、具体的に指摘されるといよいよですな。

 ここからの何年かは今までよりも密度の濃い時間を過ごすことになりそうです。ギリギリまで搾って搾って、命を搾りきった俳優のなれの果てになれるでしょうか。その時、「おまえ面白いよ」って、いい「役者」だって言ってもらえたら嬉しいですね。

                                     

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